嵌ったピース



(はぁ〜、どうしてこんなことになったんだろう)
孝之は病室の鏡に映る自分の姿を見て溜息をついた。
鏡に映っているのは見慣れた孝之自身の姿ではない。
隣に住んでいる岡崎真由が今の自分の姿だ。
芸能人で言うと篠原涼子のような感じで孝之も決して嫌いなタイプではない。
しかしその姿が自分だという事実に気が滅入ってしまう。
鏡に困ったような顔をした女性の顔を見ながら、さらに大きな溜息をついた。
(はぁ〜、いつものように駅までバスで行ってればなぁ)

孝之は今朝からのことを思い出した。


「行ってきます」
孝之は妻の香菜に出掛けのキスをした。
香菜とは半年前に結婚したばかりだ。
まだ新婚と言える状態だと思う。
だから未だに出勤前にキスをしてる。
孝之は香菜のことが大好きだった。
芸能人でいうと辻希美のような可愛いタイプだ。
この先もずっと今のような二人の関係のままでいれると信じていた。

孝之がドアを開けて外へ出た。
香菜も一緒に外に出て、孝之に鞄を手渡した。
「行ってらっしゃい。今日は遅くなりそう?」
「いや、なるべく早く帰ってくるよ」
そんな会話を交わすことが最後になるとはそのとき夢にも思わなかった。

「真由、行くぞ。早くしろよ」
「待ってよ、もうちょっとだから」
孝之が通りに出ようとすると、隣の家でのやりとりが耳に飛び込んできた。
何の気なしに声のするほうを見ると、男と目があった。
隣に住む岡崎和樹だった。
「おはようございます」
「あ、おはようございます」
二人は挨拶を交わした。

ここは都心から2時間強ほど離れた新興住宅地。
1次募集に当たった者たちが越してきだしたのが1ヶ月ほど前。
都心から少し離れているとは言え、十分通勤圏内で一戸建てが買えるということで募集の問い合わせはものすごい数だったらしい。
しかし少し割高感があったせいか、第一次募集の競争率は3倍を少し超えた程度だった。
それでも少し狭くて価格を抑えたものは20倍程度の競争率だった。
孝之も和樹も20倍程度の競争率の中で当選した二人だった。
孝之は1ヶ月前に越してきた。
そして和樹は2週間前に孝之の隣に越してきたのだ。
和樹は孝之より少し年上で、柔道かラグビーでもやっていたようながっしりした身体をしていた。
それに較べて孝之は華奢で色白で運動音痴だった。
夫同士は共通点がなかったのだが、和樹の妻と孝之の妻が同い年という共通点があった。
そのためかまず妻同士が仲良くなった。
まだ日が浅いので、家族ぐるみのつき合いとまではいかないが、夫同士も顔を見れば挨拶くらいはする仲にはなっていた。


「中川さん、駅までですけど乗っていきませんか?」
和樹が孝之に声をかけた。
「いいんですか?」
バスで15分程度だったが、便乗させてもらえるのならそれはそれで助かる。
「いいですよ、どうせ妻を送るんですから」
「それじゃお言葉に甘えさせていただきます」
孝之は和樹の車に近づいた。
最新のオデッセイだ。
(いいなあ、家を買ったドサクサで買ったのかなぁ)
そんなことを考えながら車をしげしげと眺めた。
孝之は免許は持っていたが、車は持っていなかった。
いわゆるペーパードライバーなのだ。

「それじゃどうぞ」
孝之がなかなか自分から乗らなかったためか、和樹が後部座席のドアを開けてくれた。
孝之は「すみません」と言いながら慌てて後部座席に座った。

「おおい、まだかぁ?」
和樹は家に向かって叫んだ。
「今行くったら」
家の中から少し怒っているような真由の声が聞こえた。
数分後真由が出てきた。
ベージュのビジネススーツでビシッと決めている。
芸能人で言うと篠原涼子のような感じだ。
孝之も決して嫌いなタイプではない。
だが少し気が強そうだ。
(美人だし、仕事ができそうだし、すごいよなぁ。でも奥さんとしては香菜っぺのほうが絶対いい)
孝之は真由の姿を見ながら、そんなことを考えていた。

「そんなに急かさないでよ」
「お隣の中川さんが待っておられるんだ。早くしろ」
真由はチラッと車に乗っている孝之の姿を見た。
孝之は軽く会釈した。
「おはようございます」
「おはようございます。ごめんなさいね、お待たせして」
真由が後部座席に乗ってきた。
「奥さまは助手席じゃないんですか?」
「この人は私と一緒にいたくないんですよ」
そんな真由の言葉に和樹が言った。
「余計なこと言うなよ」
「あなただって私と二人になるのが嫌だから中川さんを誘ったくせに」
車内は険悪な雰囲気になった。
誰も口を開かない。
孝之もその空気に飲まれて、言葉を発することができなかった。
後悔先に立たず。
そんな言葉が孝之の頭をよぎった。
(こんなことならバスで行けば良かった…)
確かにこの車に乗らなければよかった…。
そんな後悔をしないといけないような信じられないことが起こったのはこの直後だった。

「うわっ」
運転している和樹が叫んだ。
その声で前方を見ると車の前を横切る自転車が見えた。
「わあ」
「きゃあ」
孝之と真由も叫んだ。
和樹はハンドルを思いっきり左に切った。
車の後部が大きく横に振れた。
車がスピンしたのだ。
「わあああああ」
「きゃああああああああ」
車が何かにぶつかって止まった。
孝之は真由のほうに飛ばされ、頭や身体を強く打った。


一瞬周りの声で意識が戻った。
救急隊員が何かを叫んでいる。
(ああ、救急車なんだ)
意識が朦朧として救急隊員が何を言っているのか理解できなかった。
(死ぬんだ、僕……)
救急隊員の叫び声を感じながらそしてまた気を失った。


「頭を打って脳震盪を起こしただけです。手足に打ち身がありますが、他には特に異状はありません。気がつかれれば帰っていただいて大丈夫です」
そんな話し声が聞こえた。
(僕、助かったのか)
孝之はゆっくり目を開けた。
目の前には孝之の顔を覗き込んでいる和樹と医者の顔があった。
「真由、大丈夫か?」
(どうして隣の旦那が僕のことを真由って呼んでるんだ?)
そう思って上体を起こそうとした。
かけてあったものが取れて着ている服が目に入ってきた。
(どうして僕がこんな服を着てるんだ。これってまるで…)
孝之の頭に嫌な予感がよぎった。
「岡崎さん、僕って誰なんだ?」
孝之は医者に聞かれないように和樹に小声で聞いた。
「何言ってんだ、真由?」
「えっと、鏡はないかな?」
「そこにあるよ。真由、お前、本当に大丈夫か?」
孝之は和樹の手を借りてベッドから立ち上がろうとした。
そのとき自分がスカートを穿いていることが分かった。
孝之の予感は正しいようだ。
確認するために壁にかかった鏡の前に立った。
映っているのはやはり真由だった。
孝之が右手を上げると、鏡に映った真由も手を上げる。
頬を触ると、鏡の真由も頬を触る。
鏡から目を離し、身体を見下ろした。
ビジネススーツの上からでも胸に膨らみがあることは分かる。
後ろからの視線が気になり、股間を触らなかったが、そこに男性のイチモツがないことは明らかだった。
孝之の頭の中はパニックになっていた。
しかし医者の前で騒ぎ立てるのはまずいと思い、平静を装った。

孝之は振り返り、和樹に向かって言った。
「あの…ちょっと…」
夫婦間の内輪の話だと思ったのか、医者と看護師が出ていこうとした。
「ありがとうございました」
和樹がそう言って、医者たちを見送った。
「どうしたんだ、真由。本当に大丈夫なのか?」
「岡崎さん、岡崎さんから見ると僕は奥さんに見えるかもしれないけど、僕は奥さんじゃないんです。一緒に乗せていただいた隣に住む中川孝之なんですよ」
和樹の顔に一瞬驚いた表情が浮かんだが、すぐに怒り出した。
「何わけの分からないこと言ってるんだよ。俺をからかうのもいい加減にしてくれよ」
この状況でいくら説明しても無駄だと思った。

「中川孝之はどこにいるんですか?」
和樹は隣のベッドを指差した。
そこには"孝之"の身体が横たわっていた。
「真由と同じで脳震盪を起こしているだけで、大丈夫なんだそうだ」
「そうですか」
孝之は横たわっている自分の身体の側に行った。
「おそらくもう少ししたらこの身体の主も目を覚ますでしょう。そのときの反応を見ていただいたら僕の言ってることを信用してもらえると思います」
「何言ってんだ。そんなはずないだろう……」
和樹は二人に近づくことなく、恐ろしいものでも見るようにその場で二人を見つめていた。


孝之はまだ"孝之"の身体がまだ動きそうにないことを確認すると、再び鏡の前に立った。
そこに映る今の自分の顔を見て何度も溜息をついた。
いつものようにバスで出勤しないことを心の底から悔いた。

10分ほどすると、"孝之"の身体が動いた。
孝之は慌てて"孝之"の身体に行った。
「ん…う〜ん……」
その声とともに"孝之"の目がゆっくり開いた。
そして目の前にいる"真由"の顔を見てさらに大きく目を見開いた。
「ど…どうして私が……ンググ」
話し出した"孝之"の口を孝之が押さえた。
「あなたは真由さんですよね?」
口を押さえられた"孝之"の身体に孝之が聞いた。
"孝之"が何度も大きく肯いた。
「いいですか?手を離しますけど絶対に大きな声は出さないでくださいね」
"孝之"は再び肯いた。

「あなたは誰?どうして私とそっくりなの?」
口を押さえられた手が離れると、真由はものすごい勢いで孝之に聞いた。
「とりあえずこっちに来てください」
孝之は真由の勢いをかわしつつ、真由を鏡の前に連れて行った。
孝之の姿になった真由は鏡を見て口を開けている。
(やばいっ!)
孝之は真由の口を押さえた。
「きゃ…ンググ」
真由は男の野太い声で悲鳴をあげそうになったが、孝之の手が間一髪でそれを防いだ。
「しぃー、さっきも言ったように大声は出さないでください」
「ど…どうして私が男になってるのよ!」
「原因は分からないけど、僕とあなたが入れ替わったみたいです」
「そんなの嫌よ、すぐに戻して」
「嫌って言われても僕もどうしたらいいのか分からないですし…」
「ここは病院でしょ?治してもらえばいいじゃないの」
「変な検査ばかりされるだけです。それに外に漏れたらマスコミの餌食になると思いませんか?」
真由はそうかというような表情を浮かべた。
「そしたらどうしたら?」
「とにかく僕の振りをしていてください。お願いします」
「……分かったわ」
そばで二人のやりとりを聞いていた和樹は驚いた表情を隠さなかった。
「やっぱり二人は入れ替わってるのか」
「とにかく一旦家に戻りませんか?」
「分かった。真由の会社には俺から今日は休むことは伝えてあるし、中川さんも奥さんから連絡してもらったはずだ。俺は警察に行かなくちゃいけないから、それが終わったら戻ることにする」

二人はタクシーで家に戻った。
タクシーを降りると香菜が玄関を飛び出してきた。
「孝ちゃん、大丈夫なの?」
そう言って香菜が聞く相手はもちろん真由だった。
真由は困ったように孝之の顔を見た。
「とにかく中へ」
孝之は先頭をきって本来の自分の家に入って行った。
「あ…あのぉ…岡崎さん、岡崎さんの家はあっちなんですけどぉ…」
香菜は孝之の後ろ姿に向かって力なく言った。


香菜が入るとリビングに"真由"が座っていた。
(どうして岡崎さんが偉そうに座ってるの?)
"孝之"はどこに座っていいのか分からないように立ち尽くしていた。
「どうしたの、孝ちゃん?座れば?」
"孝之"は助けを求めるように"真由"を見ている。
"真由"は空いている席をあごで指して"孝之"に座るよう促した。
"孝之"は何も言わずにそこに座った。
(何なの、この二人?)
香菜の心に二人の疑念が浮かんだ。

「香菜っぺも座ってくれないか?」
"真由"が香菜に命じた。
「どうしてあなたに香菜っぺなんて呼ばれ方しなきゃいけないの!」
香菜は我慢できずに大きな声を出した。
「ごめん、順番に説明するから少し話を聞いてくれないか?」
「何よ、偉そうに。まるで孝ちゃんみたいな言い方して」
香菜の言葉を聞き流して、"真由"が話し始めた。
車に同乗したこと、事故のこと、そして気がついたら身体が入れ替わっていたこと。
香菜は馬鹿にされているとしか思えなかった。
「そんな馬鹿な話、信じられるわけないじゃない」
香菜が一頻り何か文句のようなことを言い続けた。
その間、"真由"は黙って聞いていた。

そこへ和樹がやってきた。
「どうだ、元に戻ったか?まだ入れ替わったままなのか?」
当人以外から『入れ替わった』という言葉を聞くことで、入れ替わりが現実的なものに思えた。
「えっ…嘘…本当に入れ替わってるの?」
香菜が周りを見回した。
3人が3人とも深く頷いた。
しばらく誰も何も言わなかった。
「信じられないだろうけど、真由が気がついたときの様子を見たらそう思わざるをえない。悪戯であんなに真に迫った演技ができるわけがないし」
和樹のそんな言葉に再び訳の分からないことを言い出した。
香菜以外は黙って聞いているだけだ。
やがて香菜も何も言わなくなった。

「と…とにかく僕が岡崎さんの奥さんの振りをするしかないんだろうな」
「で、私は中川さんのご主人の振りをするわけよね?」
二人は沈黙に耐え切れずに話し出した。
「そんなことできるの?」
香菜の言葉に「やらなきゃ仕方ないでしょ」という雰囲気が流れた。
「でもお互い分からないことがいっぱいあるよな?」
「ええ、そうよね」
「どうすりゃいい?」
「さあ?」
二人は情報交換をしようとか話をしていた。
「事故のせいで記憶に問題があることにすればいいんじゃないの?」
「なるほど」と和樹の提案に二人が賛成した。

「とりあえず俺たちは自分の家に帰るよ」
和樹の言葉に孝之と真由が顔を合わせた。
「やっぱり僕が戻らないといけないんだよね?」
「そりゃ今はあなたが真由なんだからそうなるわね」
「やっぱりそうなるよな」
そう言って孝之が立ち上がって和樹とともに部屋を出て行った。



真由は孝之のパジャマを着て布団が二つ並べられた部屋に入ってきた。
「ねえ、中川さん、私たち今夫婦なのよね?」
孝之の姿をした真由が香菜に迫った。
「外見は孝之さんだけど、中身は真由さんなんでしょ?」
「でも私、男の人の感じ方って興味あるんだ。いいでしょ?」
ついさっきまでの入れ替わったショックは完全に吹っ切れているようだった。
「えっ…でも……」
真由は香菜を抱きしめ、優しくキスをした。
「ご主人はあなたのことを何て呼ぶの?」
「えっ?香菜っぺって呼ばれてるけど」
「あっそうか、そう呼んでたわね。それじゃあ、いくわよ。……香菜っぺ、愛してる」
「えっ」
香菜が驚く間もなく、真由は香菜を押し倒した。
「本当にするの?」
香菜は怯えたように聞いた。
「何言ってるんだよ。僕たち夫婦じゃないか?」
真由は孝之の口調を真似している。
香菜は目の前の男性が孝之自身であるような錯覚に襲われた。
「孝ちゃん…なの?」
「ああ、そうだよ」
頭の片隅では嘘だと分かっていても、本当の孝之のように思えた。
香菜は全身の力を抜いた。
真由の手が香菜の胸に置かれた。
香菜は目を閉じた。
真由は愛撫している間「綺麗だ」「愛してる」の言葉を絶やすことがなかった。
日頃の孝之とは違うソフトタッチな愛撫に孝之ではないことを感じた。
しかし、浮気をしているようなスリルと女性の感じるところを知り尽くした真由の愛撫と甘い言葉のせいでいつも以上に感じた。
たっぷりの前戯ですでに高まっていたため、香菜の股間は十分にペニスを受け入れることができるようになっていた。
しかし、いざ結合という段になると、うまくいかなかった。
真由はまるで童貞の男のようだった。
香菜は自分の中に優しく導いた。
真由の抽送は少しぎこちなさがあったが、孝之との最初のころを思い出され興奮度が高まっていった。
香菜の中で真由のものが弾けたとき初めて意識がなくなる感じを知った。
(セックスってこんなにいいものだったんだわ)
うすれ行く意識の中で香菜は孝之とのセックスでは感じたことのない快感というものを感じた。


「向こうでも私たちみたいにセックスしてるのかしら?」
香菜は真由の腕を抱き締めてセックスの余韻を楽しんでいた。
「それはないと思うわ?」
真由は冷たく言い放った。
「どうして?」
「だって私たちセックスレス夫婦なの。そのせいで離婚の話も進めようとしてたくらいだから」
「ええ、嘘っ。あんなに仲良さそうなのに」
「夫婦のことは外から見ただけじゃ分からないものよ。主人はあんな身体をしてるけど、ホモなのよ」
「そうなの?だったらどうして結婚なんかしたのかしら?」
「私が男みたいだったからじゃない?」
「そんなことないわよ。すっごく美人だわ」
「でもあいつったら女装とかニューハーフが出てくる番組があると食い入るように見てるのよ。それにこの前なんかあいつのタンスにニューハーフのAVが隠してあるのを見つけたんだもの」
「えぇ、やだぁ〜」
「でしょ?それを見つけたのが昨夜。それでもう私は離婚することに決めたの。今日も一緒に行くのは嫌だったんだけど、駅までだけでも車で送ってもらおうとして、こんなことなっちゃった」
「でも楽しんでるように見えるけど?」
「分かる?何となく吹っ切れちゃったんだ。そうなると結構楽しくなてきちゃって。奥様は美人だしね」
「うふふ」
真由は入れ替わった当初の悲壮感はすでになく、香菜の夫としてうまくやっていけそうな気がしていた。



孝之は和樹に連れられて岡崎宅にやってきた。
「なあ、やっぱり奥さんの代わりに会社に出るのって無理だよ」
孝之は家に入るなり不安気に和樹に言った。
「どうして?」
「今だってそうだけど、女らしく行動するなんて絶対にできないよ」
「確かにね、今だって男が女装してるみたいだし」
「そんなにひどいかな?」
「ああ、仕草が完全に男だ。確かに特訓したほうがいいかもしれない。それじゃあ事故のせいということにして休むか?」
「いいのか?」
「もともと俺は真由が働くのは反対だったんだ。他にもいろんな問題のせいで離婚寸前なんだ。これを機に専業主婦になってもらえば離婚も回避できるし嬉しいんだけどな」
「そんなこと言ったって僕たちは戻れるかもしれないし、僕が奥さんの人生を変えることはできないだろう。2〜3日休むだけでいいんだ」
「まあそれでもいいさ。明日会社に電話しろよ、今週は休むって」
「ああそうさせてもらうよ」
「それじゃ今日は疲れたし、シャワーを浴びて寝るとしよう」
和樹はさっさと浴室に入って行った。

「えっ、シャワー?」
一人残された孝之はしばらくその場で佇んでいた。
(シャワーを浴びるってことは真由さんの身体を見るってことだよな?)
(僕は今真由さんのわけだし、自分の裸を見るのは別に変なことじゃないよな)
(自分の身体に欲情したらどうしたらいいんだろう?)
孝之は一人悶々としていた。

「真由もシャワーを浴びてこいよ」
バスタオルを腰に巻いて和樹が出てきた。
「…あ…はい……」
孝之はさっさと服を脱いで、シャワーを浴びた。
孝之は真由の身体をあまり見てはいけないような気がしていた。
そのためほとんど観察することもなくただただ身体を濡らしただけのシャワーだった。
孝之はバスタオルを腰に巻いて出ようとした。
ふと自分の姿の映った鏡が目に入った。
そこには乳房を丸出しにした真由の姿があった。
(あっそうか、タオルは腰に巻いちゃいけないんだ)
孝之は胸元にバスタオルを巻き直した。

「あのぉ、何を着たら…?」
「あっそうか。服の場所は知らなかったんだな」
そう言って和樹は部屋の壁沿いに置いてあるタンスを見た。
「真由のタンスはそれだから適当に着てくれていいよ」
孝之は和樹の視線の先の整理ダンスから適当にショーツを取り出して穿いた。
そしてパジャマを探し出してそれを着た。
黒地に白い水玉のパジャマだった。

孝之は和樹の眠っている隣のベッドに入った。
「それじゃおやすみ」
「ああ」
「おい、念のために言っておくけど、絶対に僕を襲うなよ」
「いくら姿が真由でも中身が男だって分かってるんだから、それは絶対にないって」
そう言って和樹は孝之の反対側を向いた。
それでも和樹が眠るまでは襲われるかもしれないとドキドキして眠れなかった。
しばらくすると隣から和樹の寝息が聞こえた。
ようやく和樹が眠ったようだ。

おかげで孝之も安心して眠りについた。



次の日の朝早く目が覚めた。
見慣れない景色に一瞬自分がどういう状況にいるのか分からなかった。
しかし隣のベッドに和樹の姿を認めると、昨日の出来事が思い出された。
(そうか、今、僕、真由さんなんだ)
念のため鏡を見た。
そこには紛れもなく岡崎真由が映っていた。
昨夜シャワーを浴びて、そのまま眠ったせいか髪の毛があちこちに跳ねていた。
(いくら何でもこれはまずいよな)
仮にも女性になっているのに、こんな髪の状態は許されないように思えた。
孝之は髪を少し湿らせてドライヤーで髪型を整えた。

タンスからTシャツとジーパンを出して、パジャマを着替えた。
時間はまだ6時になろうとしている時間だ。
孝之はキッチンに行き、コーヒーメーカーでコーヒーを作った。
やはり主婦の立場だし朝食の準備くらいはしないとまずいと思ったからだ。
とは言っても特別な料理などしたこともなく、トーストと目玉焼きを焼くだけだった。
それでも面倒なことに変わりなかった。
孝之が悪戦苦闘しているときに和樹が起きてきた。
「おはよう」
孝之はふと和樹の股間に目が行った。
男の生理現象としてそこは大きく膨らんでいた。
今の孝之にとっては見てはいけないもののような気がして、目を逸らしてしまった。
和樹はトイレで用を足し、食卓についた。
「ああ、おはよう。朝飯作ってくれたんだ。真由なんか最近全然作ってくれなかったんだぜ」
「料理って言ったってトーストと目玉焼きだぜ。作ったうちにならんだろ?」
「いや、何を作るかってことじゃなくて、作ってやろうという気持ちが嬉しいんだよ。もしかしたら家でも作ってたのか?」
「いや、全然、妻に任せっぱなしだった。でも今日からお世話になるわけだし、1週間会社を休ませてもらうんだから何かしないとと思って」
「そんなこと、別にいいのに」
そう言いながらも出されたトーストや目玉焼きを軽く平らげた。

「夕食も期待していいかな?」
「…夕食か……ハードル高いな。最悪カレーでもいいか?」
「カレーか。…カレーじゃないほうがいいな」
「分かったよ、何とか頑張ってみる」
話の流れでそんな約束をさせられてしまった。

和樹が会社に出かけた。
車が見えなくなるまで見送ると、すぐに真由の会社に電話をした。
そして前日の事故の影響で今週1週間休むことを伝えた。
意外と簡単に了承された。
(これでとりあえず1週間は時間を稼げたな)

孝之は主婦としての朝の仕事をした。
朝食の食器を洗い、汚れ物を洗濯し、家中を掃除した。
(結構、家事ってのも大変なもんだな)
孝之は家事を終え、一休みしていた。
すると、インターホンが鳴った。
部屋の窓から玄関を覗くと、香菜がこちらを見て手を振っている。
孝之は香菜を招き入れた。
「孝ちゃん、会社休んだの?」
「ああ、真由さんとして、というより、女性として振舞える自信がないから、な」
「そんなこと言ったって孝ちゃんもずっと家に閉じ籠もったままでいられるわけないでしょ?」
「そりゃそうだけどさ」
「習うより慣れろ、よ。わたしと一緒に買い物でも行かない?」
「えっ?」
孝之は香菜の言葉に驚いた。
「無理だよ、そんなこと絶対無理」
「だったらいつ無理じゃなくなるのよ?そんなふうに逃げてたらずっとどこにもいけないわよ」
「…そりゃそうだけどさ…」
「ぐちゃぐちゃ言ってないで、行動あるのみ。男でしょ!」
香菜はこの状況が楽しそうだ。
ニコニコ笑っている。
「分かったよ」
「それじゃ準備準備」
香菜は孝之の手を引っ張った。
「何をするんだよ?」
「もちろんお化粧よ。女性は外出するときはお化粧するものよ」
孝之は香菜に手を引かれて姿見の前に座らされた。
そして念入りに化粧を施された。
「孝ちゃん、綺麗よ」
確かに鏡に映った顔は美しかった。
しかし、孝之は何となく顔に違和感を感じていた。
何となく薄い皮を被ったような感じがあった。
化粧品の独特の匂いにとまどった。
唇に塗られた口紅の感触が気持ち悪かった。

そんなふうに孝之が思っているとは香菜は全く思っていなかった。
「はい、それじゃ出かけましょう」
孝之は香菜に連れられて外に出た。
孝之はTシャツにジーパン、靴はスニーカーという恰好だったので、いつもと同じように歩いていた。
「孝ちゃん、そんなに大股で歩かないの!」
「そんなこと言ったって無理だよ」
「『無理だよ』じゃないでしょ?その姿でそんな話し方は似合わないわよ」
「そんなこと言ったって…」
そんな注意を受けながら、孝之は香菜に駅前の繁華街へ連れられて行かれた。
「孝ちゃん、これなんかどう?」
「こっちも似合うんじゃない?」
香菜は矢継ぎ早にいろんな服を持ってきて、孝之は着せ替え人形のように何着もの服を着せられた。
「これ、似合うって」
「これはちょっと…」
孝之が着ているのは紺のトップスとボーダーのミニスカートだった。
膝上20センチくらいあって、ほとんどショーツが見えているように思えた。
「これ買おう」
「えっ?」
「これ着て帰るので、着てきた服を袋に入れてもらえます?」
孝之が驚いている隙に香菜はさっさと会計を済ませた。
孝之はミニスカートを穿いた状態で街を歩く羽目になった。
「これはちょっと恥ずかしいよ」
「そんなことないわよ。すっごく可愛いわよ」

次に入った店でミュールを買い、それもそのまま履くことになった。
「かなり疲れたんだけど」
「それじゃその辺で休みましょうか」
香菜はスタバでコーヒーとサンドイッチを買い、通りに並べられているテーブルのひとつに座った。
孝之も椅子に腰かけた。
「孝ちゃんとこうして買い物に来るなんて久しぶりね」
香菜は孝之の姿を見て真由をしかめた。
「孝ちゃん、脚!」
孝之は脚を広げて座っていたのだ。
慌てて脚を閉じて、膝をくっつけるようにして座りなおした。
「座るのも疲れるよな…よね?」
「そう。話し方も訓練あるのみよ」
30分ほどそこで過ごした。
気を抜くとすぐに股を広げてしまうため座っているだけでも疲れた。
しかもサンドイッチの食べ方まで注意されるのだ。
結局孝之が根を上げ、帰ることになった。


「ああ、疲れたぁ〜」
孝之は居間のソファにダイブするように身体を投げ出した。
その拍子にスカートが捲くれ上がり下着が丸見えになった。
何となく下着が顕わになっている状況であることは感じていたが、見られているのが香菜だけなのでそれほど気にしていなかった。
「孝ちゃん、そんなところに寝転ばないでよ。スカートが捲くれてるわよ」
「分かってるよ。でもこんな恰好でずっといたんだぜ。下着だって見られてる感じでずっと緊張しっぱなしだったし。ホントもうむちゃくちゃ疲れたぁ」
「でも孝ちゃんは今美しい女性なんだから、お淑やかにしないと駄目よ」
香菜が寝転んでいる孝之に近づいた。
そして丸見えになっている孝之のお尻に手を置いた。
さらにその手がお尻を軽く撫でた。
「香菜っぺ、何するんだ」
「孝ちゃんって真由さんの身体の気持ち良さはもう知ったの?」
「そんなのって真由さんに悪いだろ?すぐに元に戻れるのかもしれないのに」
「…真由さんはもう男の人の感じ方……体験したわよ」
「えっ…それって……」
「うん、そう。抱かれたの、昨日。真由さんが孝ちゃんのような話し方をしたし、私も真由さんじゃなくて孝ちゃんだと思えたから…」
「…そっか。……別に夫婦なんだから…」
孝之はそれ以上言葉が続かなかった。
身体は夫婦でも釈然としないものがあった。

孝之はおもむろに立ち上がり、香菜と向き合った。
そして、孝之が香菜の腕を掴まえ、自分のほうに引き寄せた。
香菜は孝之の腕の中に飛び込む。
「香菜っぺ」
香菜の身体から慣れ親しんだ匂いがする。
前回身体を接近してから24時間程度しか経ってないが、随分長い時間が経ってしまったような気がした。
香菜が目を閉じて、唇を突き出している。
孝之は誘われるように唇を重ねた。
孝之の姿になった真由に抱かれたことを払拭するかのように孝之は香菜を強く抱き締めてお尻をまさぐった。
いつもは興奮していきり立つものがあるのだが、それがない。
いくら頑張っても自分の思いをぶつけることができないのだ。
そのことに気がついたためか急速に気分が萎えた。

「どうしたの?」
「い…いや…やっぱりこういうのっておかしような気がしてさ…」
「こんなのってレズみたいってこと?」
「…ああ、そう…」
「いいじゃない、中身は夫婦なんだから、ね?」
そう言って、香菜がソファに孝之を押し倒した。
「孝ちゃん、女の身体って全身が性感帯なのよ。あたしが教えてあげる」
香菜の唇と孝之の唇が重なり、香菜の舌が孝之の口の中に滑り込んできた。
孝之が一生懸命その舌に自分の舌を絡ませていると、香菜の手が服の下に入ってきたのを感じた。
キスに応えながら、その手の動きに神経を集中させた。
香菜の手はブラジャーの上から何度か乳房を揉んだ。
そしてブラジャーを上にずらして乳首を軽く摘まんだ。
「…ん……」
孝之は初めて経験する感覚に声を上げたが、香菜に唇を覆われていたため、うまく声を出せなかった。
「…んんんんん……」
香菜が乳首の先をこすったり摘まんだり刺激を与える度に声を上げようとするのだが、その声は香菜の唇のせいで発せられることはなかった。


香菜が唇を離した。
「孝ちゃん、気持ちいいの?」
香菜がジッと孝之の顔を見つめながら乳首を手のひらで転がすように動かした。
「…あああああ……」
孝之の声を抑えていた香菜の唇がもう存在しないため、孝之は感じるままに声を上げてしまった。
女として感じている声を香菜に聞かれている。
その事実に孝之はどうしようもないほど恥ずかしかった。
しかしそれ以上に香菜の手により産み出される快感を失いたくなかった。
恥ずかしさから拒絶することよりも香菜に身を任せることを選んだ。

香菜の手がスカートの中に入ってきた。
その手が内股に触れた。
孝之は期待と羞恥の入り混じった複雑な気持ちだった。
ついにショーツに達した。
香菜の手はショーツの上から何度か擦るように動いた。

ついに手がショーツの中に滑り込んできた。
香菜の手が触れたことによりその部分が湿っていることが分かった。
香菜がその部分を指で撫でた。
「…ぁ……」
「孝ちゃん、ホラ」
香菜がその指を孝之の目の前にかざして、親指と人差し指をつけたり離したりした。
すると指の間に糸を引くようなものがあった。
「孝ちゃんの感じてる証拠よ」
香菜がその指を舐めて、また孝之のスカートの中に入ってきた。
スカートを捲り上げて、ショーツをゆっくり下げた。
孝之はショーツを脱がせやすいように軽く腰を上げた。
香菜の手が下半身裸になった孝之の股間やお尻や太腿に這い回った。
孝之はゾクゾクする快感を感じていた。
香菜の指が孝之の秘部に忍び込もうとした。
孝之は恥ずかしさから脚を強めに閉じた。

「孝ちゃん、力を抜いて」
香菜の指にやや強引さが加わった。
孝之の溝の部分に香菜の指が滑り込む。
「うわぁぁぁぁぁぁ…」
ある部分に触れたとき鋭い痛みにも似た感覚に襲われた。
その途端、脚の力がなくなり、香菜の指が動きやすい状況になった。
香菜はなおもその部分を触った。
今度は優しく、触れるか触れないかの力加減で。
「…んんんんんんんん……」
こんな感覚は男のときには経験したことがないものだった。
頭の中は何も考えられない状態になっていた。

やがて香菜の指が入ってくるのを感じた。
体験したことのない被挿入感に戸惑いがあった。
気持ち悪いわけではないが決して気持ちいいものではなかった。
「どう?どんな感じ?」
香菜が何度も指を抜き差しした。
『クチュクチュクチュクチュクチュ…』
次第にいやらしい音が大きくなってきた。
それにしたがって快感が湧き上がってきて、身体の芯が熱くなってきた。
孝之は無意識に腰を振っていた。
この快感が続いて欲しいと孝之が願っていたが、急に香菜の指は孝之から去ってしまった。

「どうだった?すごく気持ちよかったでしょ?」
香菜が笑顔で聞いてきた。
孝之は小さく頷いた。
孝之は少し不機嫌だった。
香菜が急にその行為をやめたことに対する不満があったのだ。
「もっと続けて欲しかった?」
香菜が再び笑顔を向けた。
その言葉によって孝之は自分が物欲しそうな顔をしていたことに気づいた。
「そんなことないよ」
孝之は強がった。
しかし香菜の顔を見ていられないほど恥ずかしかった。

「きっと岡崎さんだったら孝ちゃんをいかせてあげられるんだろうけど、昨日の真由さんの話だと真由さんたちってセックスレスなんだって。だからそんなことはないでしょうね。真由さんたちって離婚するところらしいし」
「ああ、離婚間際だってことは聞いたけど、セックスレスとは知らなかったよ。でもセックスレスなら安心してていいのかもな」
「孝ちゃんが誘惑すればいいんじゃない?」
「無理だよ。いくら何でも男に抱かれるなんてあり得ない。でもセックスレスでいいから、今のまま離婚せずにいてほしいな。僕、真由さんのままで放り出されたらどうしていいか分かんないし」

そんな会話をしているときに時計がふと目に入った。
時間は5時になろうとしていた。
「あっ!夕食の支度忘れてたぁ」
「孝ちゃんが作るの?」
「うん、一応主婦だしな。それに朝約束しちゃったし」
「そんなこと言ったって料理なんてほとんどしたことないじゃないの」
「そうなんだよ。だから最悪カレーで誤魔化そうと思ってるんだけどさ」
「私これから夕食の支度するけど、少し持って帰る?」
香菜は鶏の唐揚げとゴボウサラダを多めに作って半分ほど孝之に分けた。

孝之は急いで家に帰り、すぐに洗濯物を取り入れた。
そして、香菜からもらってきた唐揚げとサラダを皿に移し替えた。
冷蔵庫にあった豆腐を使って、豆腐の味噌汁を作った。

「ただいま」
和樹が帰ってきたようだ。
「おかえりなさい」
孝之は玄関まで迎えに出た。
和樹が孝之をジッと見つめている。
孝之は何だか恥ずかしくなってきた。
「真由のやつ、そんな服なんて持ってたっけ?」
「今日、香菜っぺに買い物に連れて行かれて買わされたんだ。変か?」
「い…いや…すごく可愛い」
「そうか…」
和樹が熱い視線を浴びせる。
「あんまり見るなよ、…恥ずかしいだろ」
何となく和樹の股間が盛り上がってるような気がする。
孝之は恥ずかしいと思う反面、妙に嬉しかった。

(もしかして僕の可愛さに興奮してたりして。香菜っぺの指でさえあんなに感じたんだから、おチンチンだったらどうなるのかな?)
セックスレスと聞いている安心感からか孝之は安易にそんなことを考えていた。

和樹はスーツを脱ぎ、作務衣に着替えてきた。
「へえ、今日は唐揚げなんだ」
そう言って食卓についた。
「ああ、実は香菜っぺに作ってもらったんだけどな」
孝之はご飯と味噌汁を配り、食卓についた。


食卓で二人で向き合い、食事が始まった。
「いただきます」
和樹は最初に唐揚げをひとつ取った。
それを口に運ぶわけでもなく宙に浮かせたまま留まっていた。
何か悩んでいるようだ。
やがて取った唐揚げを元に戻し、箸を置いた。
「実は俺たち離婚寸前だったんだ」
和樹は静かに話し始めた。
視線は孝之ではなく目の前の茶碗の辺りを見ていた。
「何だよ、食事中だぞ。そんな話は後で聞くから」
「今じゃなくちゃダメなんだ」
「分かったよ」
和樹の表情に尋常ではないものを感じ、孝之も食事を中断して箸を置いた。
「離婚寸前の話は今日香菜っぺから聞いたよ」
「そうか、聞いたのか。真由のやつはどういうふうに言ってたんだ?」
「セックスレスのせいで離婚寸前だって」
「そうか、そういうふうに言ってるんだ、真由のやつ」
「違うのか?」
「いや、違わない、合ってる。実は俺、性的嗜好が人と違うんだ」
「違うってどういうふうに?」
和樹は顔を上げることなく微かに笑った。
孝之は和樹が意味ありげな笑いを浮かべたことが気になった。
(何か良からぬことを言い出すんじゃないだろうな)
そんな予感がしたのだ。
「俺、ニューハーフが好きなんだ。元男で女になったやつが」
「へぇ、そうなんだ。なのにどうして真由さんと結婚したんだ?」
「真由のさっぱりしたところが男っぽいような気がして何となく気になる存在だったんだ。初めて女性を愛せるような気がした。だから結婚したんだ…」
孝之は相槌もせず次の言葉を待った。
「最初のうちはうまくいきそうだったんだ。俺も真由のことを愛しているように思ってた。でも真由みたいなやつでも根っこは女なんだよな、いくら性格が男っぽくても女は女なんだ。そう感じると抱くことができなくなったんだ。人間的には決して嫌いじゃないんだけど…抱けないんだ…」
そういうと顔をあげ、まっすぐ孝之を見た。
「今のお前の状態って俺の理想なんだ。中川孝之という男性が性転換して岡崎真由という女性になったって考えたら、俺は我慢できないくらい興奮してくるんだ。入れ替わったって聞いたときは、信じられないと思う反面自分の衝動を抑えるのに必死だったんだ。実は昨夜も抱きたかったんだが、いきなりだとお前の心の準備もできてないだろうって思ってな。俺の優しささ。それにしても我慢するのは死ぬほどつらかったぜ」
和樹は立ち上がりゆっくりと孝之に近づいてきた。
「お…おい…、よせって…」
孝之のいやな予感はあたっていたのだ。
和樹の股間は雄々しくそそり立っていた。
それはズボンの上からもはっきりと分かった。


孝之は食卓からリビングのほうへ後ずさった。
「昨日姿が奥さんでも中身が男だっだら抱かないって言ったのは嘘だったのか?」
孝之の言葉を無視して和樹は孝之をソファに押し倒した。
そして馬乗りになった。
(やばい、こいつ、目がマジだ)
孝之は和樹を振り解こうと必死に藻掻いた。
和樹は男としても体格のいいほうなので、馬乗りになられたら孝之は全く逃げ出すことができなかった。
「お前、奥さんに何て呼ばれてたっけ?」
「知るか!」
「言わないのか。名前は孝之だったよな……。そうだ、孝ちゃんだ」
和樹は嬉しそうに孝ちゃん孝ちゃんと何度か小さな声で言った。
「なあ、飯食べないか?」
孝之は和樹の意識を別のものに向けようとした。
「今は孝ちゃんが欲しい」
「何気持ち悪いこと言ってんだよ」
和樹は孝之の言葉を無視して覆い被さってきた。
「孝ちゃん、大好きだ。孝ちゃんが真由になってくれて俺は嬉しい」
和樹は孝之にキスしてきた。
(あ…僕、男とキスしてる)
頭でそんなことを考えていたが、意外と嫌悪感はなかった。
孝之は無意識のうちに口に入ってきた和樹の舌を一生懸命に追っていた。
「なあこんなところじゃなくて寝室に行かないか?」
長い長いキスが一段落したときに孝之から提案した。
「ああ、それもそうだな」
和樹は立ち上がり、そして横になっている孝之を軽々と抱き上げた。
(僕ってそんなに軽いのか?)
孝之は自分の軽さを嬉しく感じた。
一方でそんなふうに感じる自分のことを不思議に感じていた。
和樹は孝之をお姫様抱っこして寝室に連れて行った。

孝之は静かにベッドに寝かされた。
その孝之に対して和樹が覆い被さってきた。
「なあ、やっぱりやめないか?」
孝之は拒絶した。
しかし心のどこかで抱かれることを期待していた。
拒絶は形だけだった。
和樹が本当にやめるとは思ってなかった。
一方の和樹は興奮していて聞く耳を持っていなかった。

和樹の大きな手が孝之の乳房を服の上から掴んだ。
「い…いたい……」
孝之の表情が痛みで歪んだ。
「悪い、悪い。ちょっと力が入っちまった」
今度は和樹がゆっくり優しく揉み解すように胸を揉んだ。
和樹は孝之の表情を確かめながら力に強弱をつけた。
孝之は少しずつ気持ち良さを感じてきた。
「…ぁ…んんん……」
無意識のうちに声が漏れた。
「どうだ、孝ちゃん、気持ちいいか?男のくせにおっぱい揉まれてよがって恥ずかしくないのか?」
そんな和樹の言葉の苛めは二人の興奮をさらに高めてくれた。

和樹が孝之の服を脱がせようとした。
孝之はそれを制し自ら脱いだ。
孝之が脱いでいる姿を見ながら和樹も服を脱いだ。
全裸になった孝之のペニスがいきり立っていた。
だが身体が大きいせいかそれほど大きくないように見えた。

下着だけになった孝之を和樹は眩しそうに見ていた。
「孝ちゃんって綺麗な胸してるな」
孝ちゃんと呼ばれることで、孝之は恥ずかしさと興奮を覚えた。

「そんなに見るなよ」
孝之は気恥ずかしくなり腕で胸を隠した。
「そんなことしたって無駄だろ?」
和樹は簡単に孝之の腕をずらし、ブラジャーの中に手を滑り込ませて直接乳房に触れた。
香菜の手と違い、ゴツゴツした大きな手だった。
乳房が和樹の手の中で変形するたびに声が漏れた。
「孝ちゃん、気持ち良さそうだな。もっと気持ち良くしてやろうか」
和樹が乳首を舐めた。
「ひ…ゃん……」
「いい声を出すねぇ」
和樹が孝之の乳首を舐めたり吸ったり指で弾いたりした。
その度に孝之の全身に電気が走るように感じた。
声が漏れるのを抑えられなかった。
孝之は自分が声を出している意識はなかった。
和樹の手が孝之のショーツの中に入ってきた。
「孝ちゃん、ずごいマン汁だぞ」
孝之の顔に濡れた指先を見せ、その指を銜えた。
「孝ちゃんだとマン汁の味も違って感じるな」

和樹はゆっくりと孝之のショーツを脱がせた。
孝之の反応を楽しむようにゆっくりと。
そして和樹が力づくで和樹の脚を広げさせた。
「それじゃ孝ちゃんの処女をもらおうかな。身体は処女じゃないけど、孝ちゃんにとっては初めてだから処女みたいなもんだろ?」

和樹のペニスは実際それほど大きくはなかった。
そんなペニスを身体の中に迎え入れることに対して幾分かの恐怖があった。
それ以上にペニスによってどんな感じなのかに興味があった。
ゆっくりとペニスが入ってきた。
「…ぁぁん……ん…んん……ぁぁぁん……」
経験したことのない感触だった。
だが決して嫌なものではなかった。
「孝ちゃん、可愛い声で啼くじゃないか、本物の女になっちゃったか?」
和樹の言った通り、孝之は感じていた。

和樹は孝之の顔を見ながらゆっくりと腰を動かした。
「…んんん……ぁんんんんん…」
「孝ちゃん、感じてるか?」
和樹の言葉に孝之は大きく何度も頷いた。

和樹の動きが速くなってきた。
「んんんんんんんんんんんんんん…」
孝之は脚を和樹の腰にまとわりつかせた。
和樹が思い切り腰を打ちつけた。
「うおおおおお」
和樹は雄叫びとともに孝之の中に精子をぶちまけた。
孝之も身体を反らして数度痙攣して意識を失った。

どれくらいの時間が経ったのか孝之が目を覚ました。
目の前に和樹の顔があった。
「もう一回いいか?」
「馬鹿か。もう飯食おうぜ」
「だって真由になった孝ちゃんって最高だったぞ。俺は今まで孝ちゃんに会うために生きてきたような気がするくらいだ」
「何だよ、それ。大袈裟すぎるって」
「そんなことないよ。さっきだって何て言うかピタッと嵌ったような感じだった。ジグソーパズルの最後の一片がピタッと嵌ったような快感だった」
「なんだよ、それ」
それは孝之も感じていた感覚だった。
和樹に抱かれて幸せになるのが孝之の運命のように思えた。

結局続けて2回和樹に抱かれた。
二人は食事も取らずに、そのまま眠ってしまった。



翌朝も早く目が覚めた。
孝之も和樹も全裸だった。
孝之は全裸のまま両腕を和樹の右腕に絡めていた。
(昨日こいつに抱かれたんだ)
セックスの様子は細部まで思い出せるのだが、何となく夢のように思えた。
現実に起こったことのように思えなかったのだ。
しかしそれは確かに現実に起こったことなのだ。
身体の中にたまった和樹の精液を感じることで現実であることが分かる。
和樹を起こさないように静かにベッドから抜け出すと、それはさらに確かなものだと感じた。
和樹が放った精液が逆流してくるように感じるのだ。

シャワーを浴びた。
(女の感じ方ってすごいな)
孝之はシャワーの水を股間に当てた。
和樹の精液が流れ出てきた。
(すごく溜まってたんだな、こんなに出しやがって)

孝之は身体をさっと拭き、タンスから服を物色した。
真由のタンスには可愛い服はなかった。
真由はファッションよりも機能重視のようだ。
スカートはひとつもなかった。
孝之は昨日とは別のTシャツとジーパンを出して着替えた。
(もう少し可愛いものがあればいいのにな)
孝之はなぜかそんなことを考えていた。

孝之は朝食を準備した。
といっても昨日と同じものだ。
作り終わったタイミングで和樹が起きてきた。
「お…おはよう…」
孝之は和樹のほうを見ずに挨拶した。
「ああ、おはよう。…なあ…怒ってるか?」
「何を?」
「昨夜のことをだ」
「いいよ、別に。ただし」
「ただし?」
「ただし飯くらいは食べさせてほしかったけどな」
二人は笑い合った。
「今日も…いいか?」
「何だよ、朝から」
「ダメか?」
「…夜の気分次第、かな?」
「よかった、100%ダメってわけじゃないんだ」
「そんなことより朝飯食って、仕事仕事」
孝之は照れ隠しもあり、妙なテンションで和樹の出勤を促した。
和樹は朝食を取って、身支度を整えて玄関に向かった。
「それじゃ仕事頑張ってな」
そう言ってビジネスバッグとともに小さな紙袋を渡した。
「何、これ?」
和樹が紙袋の中を覗き込んだ。
「見りゃ分かるだろ、弁当だよ」
「えぇ、弁当作ってくれたんだ」
「作ったって言っても昨夜の余り物だよ。何も食べなかっただろ?」
「余り物でも嬉しいよ。何か俺、運が向いてきたのかな。孝ちゃんが奥さんになってくれてからすっごい幸せだよ」
「そんなこといいから、早く行けって」
孝之は照れまくって、和樹を外に押し出した。
「そんなに押すなって」
和樹は反転して素早く孝之の頬にキスした。
そして小走りに外に出て行った。
「それじゃぁな、孝ちゃん。早く帰ってくるからな」
「うるさい、つまんないこと言ってないで早く行け」
そんな憎まれ口を叩きながらも孝之は何となく温かいものを感じていた。


「孝ちゃん、おはよう」
洗濯物を干していると隣から香菜が声をかけてきた。
「ああ、おはよう」
「もうちょっとしたらそっちに行ってもいい?」
「うん、いいよ」
孝之は後で会う約束をして家事をこなしていった。

一段落したときに香菜がやってきた。
昨日も今日もタイミング良くやってくるなと感心した。

香菜は部屋に入ると開口一番質問してきた。
「どうしたの?何か機嫌良さそうだけど」
「…そっか?別に昨日と同じだけど」
「そう?何か昨日より綺麗よ」
「化粧なんてしてないぞ」
「そんなんじゃないわよ。何かこう内から滲み出るものっていうか」
そう言って間をあけて、じっと孝之の顔を見た。
「何だよ?」
「もしかして昨日した?」
「"した?"って何をだよ」
「分かってるくせに」
「…ああ、したよ」
孝之は香菜の目を見ることができなかった。
「でも岡崎さんってセックスレスだったんでしょ?」
「今の僕みたいなのが理想なんだって」
「?」
「男が女になったニューハーフみたいなのが好きなんだって」
「ふ〜ん、だから今の孝ちゃんは岡崎さんのタイプっていうわけね?」
「そう言われた」
「で初めての感想は?どうだった?」
「…まあまあ…かな」
「ふ〜ん、まあまあ、ね。まあいいわ、そういうことにしておいてあげる。で、今日はもどこか出掛ける?」
結局二人は昨日と同じように買い物に出掛けることにした。

孝之は真由のタンスにはない可愛い服を何枚か買った。
和樹に喜んで欲しいと思ったからだ。
そんな孝之を香菜は冷やかしてきた。
そんな様子は女友達のようだった。

その日香菜は別の用があるとのことで、街中で別れた。
孝之は帰り道で料理本や化粧の仕方が載っているファッション雑誌を買った。
そして夕食の材料を買って家に帰った。

今日の夕食は孝之が頑張って作ろうと考えていたのだ。
作るのはハンバーグだ。
和樹の好き嫌いは知らないが、ハンバーグなら食べてくれるだろうと思ったからだ。
しかし料理経験の少ない孝之にとって初めてのハンバーグはそれほど簡単なものではなかった。
料理本を片手に悪戦苦闘し、何とか見られる形のものができあげるまで2時間を要した。
味噌汁を作り、簡単なサラダを作って、和樹の帰りを待った。


8時前になりようやく和樹が帰ってきた。
「ただいま、孝ちゃん。今日はまたセクシーな恰好だな」
孝之は今日買ったばかりのキャミソールとホットパンツという恰好だった。
和樹にセクシーと言われて何となく嬉しかった。
「そんなことより飯にしようぜ。もう待ちくたびれたよ」
孝之は和樹を食卓に促した。
和樹は食卓に並べられたものを見た。
「へえ今日はハンバーグか。俺ハンバーグ好きなんだ」
「今日はちゃんと夕食食べようぜ」
「その後は食後の軽い運動をしようぜ」
和樹は軽くウインクをした。

ハンバーグは少し焦げていて硬めだったが、和樹は美味しいと言ってくれた。
自分の作った物を美味しいと言って食べてくれることがこんなに嬉しいとは知らなかった。
孝之は少し香菜に申し訳ない思いだった。
結婚した当初は美味しいと言っていたが、やがて淡々と食事を食べるだけだったように思う。
もし元に戻れたらもっと言葉にしようと思った。

食事が終わり、孝之が食器を洗っていると、和樹が背後から孝之を抱きしめた。
「そんなもん後回しにして早くやろうぜ」
和樹が孝之の腰の辺りに股間を押しつけてきた。
押しつけられた感触で、和樹のペニスが大きくなっているのが分かる。
和樹が今日も自分に対して興奮してくれていると思うと嬉しかった。
(僕、どうしちゃったんだろう?)
それでも孝之は自分の心の底から湧き上がる欲求に抗う気はなかった。

孝之は洗っている食器を一ヶ所に置くと和樹に向き合った。
「もうせっかちなんだから」
その日もそのまま寝室に行き、和樹に抱かれた。

孝之が真由になったその週は初日こそ何もなかったが、次の日から毎晩のようにセックスをしていた。
孝之は化粧など女性としての身だしなみも香菜の手解きで修得していった。


週が明け、いよいよ真由としての初出勤の日になった。
「何だか不安だなぁ」
「大丈夫だって。習うより慣れろ、だよ」
「香菜っぺと同じこと言ってる。でもまあそうだよな。いつまでも行かないってわけにもいかないだろうし」
「俺は孝ちゃんが専業主婦になってくれれば嬉しいんだけどな」
また言ってると思い、孝之は和樹の言葉を無視した。
ビジネススーツを着て、しっかりと化粧をして、和樹とともに家を出た。


孝之は真由の会社に着いた。
ある貸しビルの一フロアだけなので、会社までは迷わずに行けた。
しかし自分の席が分からない。
入り口付近で戸惑っていると、一人の女性が声をかけてきた。
「真由、おはよう」
「ぁ…ぉはょぅ…」
「聞いたわよ、先週事故ったんだって。大丈夫なの」
「え…ええ…大丈夫よ、身体は、ね」
孝之はゆっくりと言葉遣いに注意しながら答えた。
「身体は?後遺症か何かがあるの?」
「ちょっと記憶障害になっちゃって記憶がいくつか思い出せなくなっちゃったの」
「じゃあ、あたしのことは覚えてる?」
「…ごめんなさい」
そんなこと言われたって知ってるわけないじゃんと内心では考えていたが、申し訳なさそうに答えた。
「恵子よ、恵子。もうあたしのことを覚えてないんだったら誰のことも覚えてないかもね」
この戸倉恵子という女性が皆に事情を説明してくれて、少しずつだが何とか職場に馴染むことができた。
仕事が孝之と同じ人事であったことも幸いした。
会社によるやり方の違いがあり、戸惑うことも多く、初めの2〜3日は失敗続きだったが、ある程度勘とコツを掴むとスムーズに仕事を進めることができた。
また岡崎真由という人間は言い方がきつくあまり優しさがなかったようだが、孝之が真由になり周りの受けが良くなったようだ。
「事故のおかげで岡崎さんが優しくなった」と複数の人間から言われたのだ。
孝之だったころの経験からの判断も的確で信頼度もあがっているように感じられた。
孝之は真由として仕事に家事に充実した毎日を過ごすことができた。
孝之自身であった頃より充実していたと言っても過言ではなかった。



入れ替わって1ヶ月ほど経ったときに真由からメールが入った。

今度の土曜、△△△駅に10時に来て

(何だろう、今頃?)
孝之は疑問に思いながらも何となく思い当たるところがあった。

孝之は和樹に出かけることを告げて約束の場所に向かった。
10分前に着いたが、すでに真由は来ていた。
「随分早かったな」
真由は周りを気にしてか男っぽく話した。
「でもあなたのほうが早かったみたいね」
孝之も周りの目を気にして女性らしく話した。
「ああ、とにかく車に乗って」
「車?」
「レンタカーを借りたんだ」
「わざわざ?」
「歩いていくには少し離れているからな」
どうやら孝之の予想通りのようだ。

真由に連れられて駅のロータリーに停めてある車に近づいた。
孝之が乗ろうとすると真由は慣れたようにドアを開けてくれた。
孝之はお尻を滑り込ませて助手席に座った。
「どこに行くんだ?」
「分かってるでしょ?」
二人きりになると孝之も真由もいつもの話し方に戻した。
「でも私、そんな可愛い服持ってなかったんだけど、買ったの?」
「ああ…、うん…」
孝之は白のセーターとチェックのミニスカートを着ていた。
孝之はスカートの上に置いていたバッグを置き直した。
「私でもそんな可愛い服を着れるなんて知らなかったわ」
「せっかく女性になれたんだから自分が着て欲しいと思う服を着たほうがいいかなと思って」
「ふ〜ん、そうなの。ただ単に露出狂かと思ってたわ」
「露出狂……」
孝之は言い返そうにも言い返せなかった。
和樹が喜ぶから、なんてことは恥ずかしくてとても言えなかった。
車は孝之が考えているところに向かっているようだ。

ついに孝之の予想通り車はラブホテルに入った。
真由は慣れた様子で適当な一室の鍵を受け取った。
「慣れてるんだな」
「まあね」
真由はキーホルダーを回しながら部屋に向かった。

孝之は真由について部屋に入った。
こんなところに来るのは結婚前に1度あっただけだ。
孝之が珍しいものを見るように部屋の中を見ていた。
「それじゃ脱いで」
真由がいきなり命じた。
「何だよ、いきなり」
「だって元々私の身体よ。ちゃんと手入れしてるかチェックする必要があるでしょ?」
「そんなためにこんなところに連れて来たのかよ。それなら帰るぞ」
「それなら何だと思ってついてきたの?抱いてもらえると思ってたの?」
図星だった。
元の自分の身体に抱かれるというのはどんな感じなんだろうという興味で、孝之は呼び出しに応じたのだ。

孝之が逃げようとしたが、真由に腕を捕まれた。
孝之は本音では逃げる気がなかったため、すぐに逃げることをやめた。
「男の子って力が強いのね。主人に較べたら全然ひ弱そうなあなたの身体でさえこんなに力があるんだもの」
「離せよ」
「離したら逃げるんでしょ?」
「分かったよ。脱げばいいんだろ、脱げば」
孝之は渋々という体を装って服を脱ぎ始めた。
心の中ではこれから起こるであろうことを想像して興奮していた。

孝之は生まれたままの姿になった。
恥ずかしくて、右手で胸を、左手で股間を隠して、立っていた。
「それじゃベッドに腰掛けて」
孝之はおとなしくベッドに腰掛けた。
「そんなんじゃ何も見えないじゃない。ベッドに足を上げて股を広げてちょうだい。いわゆるM字開脚というやつね」
「そんな恥ずかしいことできるわけないだろ?」
「だって私の身体なのよ。私が見たいって言ってるんだから別にいいじゃない。力ずくでやってもらってもいいんだけど」
「分かったよ」
孝之は仕方なく膝を持って股間を広げて見せた。

「へぇ、私のってこんなふうになってたんだ。初めて見たわ」
真由が孝之の最も女性の部分を息を殺して見ている。
「どうしたの?感じてきた?何かが出てきてるわよ。孝之さんって見られて喜ぶM女になっちゃったのね。とても中身が男だとは思えないわ」
「そういうお前だって」
「そうよ。男であることを楽しませてもらってるわ。孝之さんって意外にもてるのね。男はすぐ浮気するのが分かってきたわ。女がどんなふうにしたら私に興味を持っているかが分かるから」
「えっ!」
「そうよ、会社の女の子とも何人か寝たわ。みんな、私のテクニックに溺れていったわ」
孝之は驚いて何も言えなかった。

真由はニタニタ笑って言った。
「どうする?抱いてあげようか?」
「…香菜っぺに悪いと思わないのか?」
孝之はやっと言葉を振り絞った。
「それじゃあ孝之さんはどうなの?女になって女のセックスに嵌ってるんでしょ?変態じゃない?奥さんに対して恥ずかしいと思わないの?」
「それは……」
孝之は再び黙り込んだ。

黙っている孝之の湿っているところに真由は指を這わせた。
「…ぁ…んんんんん…」
孝之は出てくる声を抑えられなかった。
「抱いて欲しいなら抱いてくださいって言うことね。孝之さんも自分に抱かれてみたいって思ってるんでしょ?そうでないと今日の約束なんて守るはずがないものね」
確かにそれを期待して真由の誘いに乗ったのだ。
「それじゃまずフェラチオからね」
「えっ?」
「どうしたの?もしかしてやったことがないの?」
孝之は頷いた。
「男のくせに男のモノを銜えるなんてプライドが許さないってこと?」

半分自分を失っていた孝之は真由の前に跪いた。
性欲のおもむくままに
そしてズボンのチェックを下ろして、中から固くなったものを取り出した。
(こんなでかかったっけ?)
いつも和樹のモノを見慣れている孝之にとって元自分のペニスは大きく見えた。
「どう、あの人のより大きいでしょ?」
孝之は両手で包むようにペニスを握った。
異臭が鼻をついた。
「さあ早く」
真由が孝之の頭を持ち銜えさせようとした。
「えっ!」と言った拍子に真由のペニスが口の中に入った。
「…んんんんんんん…」
孝之は逃げようとしたが真由の手が後頭部に当てられており全く逃げられない状態だった。
鼻腔を嫌な臭いがついてきた。
もがいてももがいても離れることはできなかった。
最初は嫌な臭いがしていたが、そんなものは気にならなくなった。
むしろ一生懸命ペニスをしゃぶっているくらいだった。
やがて苦いものが口の中に広がった。
(出される!)
そう思った瞬間、真由は孝之の口からペニスを抜いた。
「えっ?」
何が起こったのか分からなかった。
孝之は口の中に出されることを覚悟していたのに何も起こらなかった。

「それじゃ自分で入れてくれる?」
真由はそう言って服を全部脱ぎ仰向けに寝転んだ。
「自分で?」
「やりたいんでしょ?どうぞ」
孝之はこれまで受け入れる立場ばかりだったため、自分から能動的に動く側になったことがなかった。
「どうぞって言われても…」
「要はまたがって入れるだけでしょ?さあ早く」
真由に要求されることは孝之にとって初めてのことばかりだった。

孝之は怖ず怖ずという感じで真由のペニスのところに膝で歩いていった。
真由がニヤニヤと孝之を見上げていた。
孝之は目を合わせないようにしながら、ペニスを摘んで膣口に当てた。
ゆっくりと腰を下ろしていくと、ペニスが膣口を外れてクリトリスを弾いた。
「……ぁんっ………」
孝之は思わず声を上げてしまった。
「可愛い声で啼くのね」
孝之は再度ペニスに手を添えて膣口に当てた。
ゆっくりと腰を下ろしていると、真由が孝之の腰を掴み一気に腰を下ろした。
「…んんんんんんん………」
真由が孝之の腰を掴み、孝之の身体を上下に揺すった。
孝之は初めての体位のせいかものすごく感じていた。
いつの間にか真由の手は孝之の腰から外れていたが、孝之は髪を振り乱して全身を揺すっていた。
真由は下から手を伸ばし、孝之の乳房を揉んだ。
孝之は真由の手から逃れようと、背後に手をつき上半身を反らした。
真由は上半身を上げ、乳首を舐めまくった。
「…ぁぁぁ…やめ……おかしくなる………」
上半身が倒れないようについていた手の力が入らず、孝之は背後に倒れ込んだ。
気がつくと正常位の体勢で真由に突かれていた。
「ああ…出そう……もしかすると自分で自分の子供ができちゃうかもね…」
孝之はその瞬間中で出されることに恐怖を覚えた。
「ダメ……中はダメ………」
孝之は逃げようとするが、セックスの快感のまま腰を振るだけだった。
(ああ…もうダメだ…)
孝之が覚悟したときに真由はペニスを抜いた。
そして自分の手でしごき、孝之の臍の辺りに精液を放った。
すぐにベッドから出て行った。

孝之は最後までいけなかったため、物欲しそうに真由を見た。
「孝之さんって本当に心までも女になっているのがよく分かったわ。これだともう戻りたいなんて思ってないわよね?それを確かめたかったんだ」
真由は服を着ながら話した。
「実は今度課長になるという内示を受けたの。孝之さんが私として会社に行って分かったと思うけど、私って結構煙たがられたのよね。でも、今の私だとそれほど煙たがられないどころか、それなりに評価してもらってるみたいなの。できればこのまま入れ替わった状態でいたいなと思って。香菜っぺともうまくいってるしね。それじゃ孝之さんは私でいることを気に入ってるのか、それとも元に戻りたいと思ってるのか知りたくなって誘ってみたってわけ」
「…そりゃ元に戻りたいよ」
「言葉で聞いたらそう答えるのは想像できた。だからこういう方法を取ったの。今の孝之さんは男から命じられることに快感を覚えるM女だってことがよく分かったわ。たぶんあの人ともうまくいってるんでしょ。間違ってる?」
孝之は何も言えなかった。
このまま真由のままでいてもいいと思っていないと言ったら嘘になる。
しかしそんなことを言うのはプライドが許さなかった。
「もう私から誘うことはないと思うわ。これからもお隣さんとしてよろしくね」
真由は出て行った。

その言葉通り、二度と真由からの誘いは来なかった。

香菜を通じて、真由が課長になったことを知った。
その頃には孝之も係長と呼ばれるポストについていた。
真由が評価されたように、真由になった孝之も会社にフィットして実績をあげていたのだ。
二人は入れ替わることで、公私共々ますます充実度を増していた。



4ヶ月の月日が流れた。
孝之は真由として、真由は孝之として、昔からそうであるかのように普通の生活を過ごしていた。
どちらとも夫婦仲は極めて良く、おしどり夫婦を絵に描いたような状態だった。
まさに入れ替わったことが二組の夫婦にとって功を奏した形だった。

久しぶりに雲ひとつない晴天の休日だった。
気分転換に4人で近くの山にピクニックに出かけることにした。
気持ちのいい青空の下、2人ずつ並んで歩いた。
和樹と真由が前を歩き、すぐその後に孝之と香菜が続いた。
傍目から見ると男同士と女同士なのだが、中身は夫婦同士で話しながら歩いた。

「まだ誰にも言ってないんだけど、赤ちゃんができたの」
香菜が恥ずかしそうに前を行く2人に聞こえないような小さな声で打ち明けた。
「ホント?おめでとう…って言ってよかったのかな?」
孝之は少し複雑な心境だった。
「うん、孝ちゃんも働き出したし、昼間はとっても時間を持て余してたし、子育てが始まれば少しは充実すると思うわ」
「そう…。それじゃあやっぱりおめでとうなんだね」
孝之は香菜のお腹に手を当てた。
香菜は孝之の手に自分の手を重ねた。
「複雑な心境?」
「うん、ちょっとね」
香菜は孝之の顔を見て小さく微笑んだ。

そのとき、香菜が躓いた。
そして前を行く和樹に倒れ掛かった。
「あっ…あぶない!」
二人はもつれ合うように倒れた。

「いたたたた……」
香菜がお腹を押さえて痛がっていた。
道行く人が心配そうな顔を立ち止まった。
「大丈夫?」
孝之は周りの目を気にして女性モードで話した。

一緒に倒れた和樹が起き上がり香菜のほうを見た。
「やだぁ〜入れ替わっちゃったぁ〜」
和樹はおかまのように大声で叫んだ。
「まさか!」
孝之と真由は顔を見合わせた。
孝之はすぐに"和樹"に向かって「香菜なのか?」と聞くと、大きく頷いた。
となるとお腹を押さえている女性は和樹なんだろう。
香菜になった和樹はお腹を押さえてうずくまったままだ。
「とにかく医者へ行こう」
真由がタクシーを止め痛がっている和樹を車に押し込んだ。

「近藤産婦人科へお願いします」
香菜である者が運転手に告げた。
真由が一瞬怪訝な顔をしたが、すぐに苦しんでいる和樹を励ました。

近藤産婦人科につくと簡単な触診の後、見たこともない診察台に座らされた。
診察台の左右に片方ずつ脚を乗せると、上半身が倒れ脚のほうが上がりながら開いていった。
「大丈夫のようですね」
カーテンの向こうから医者の声がした。
「お腹の赤ちゃんは無事ですよ。今が大事な時期なんだから無茶なことはしないようにしてくださいよ」
医者は和樹に向かって注意した。
「あ…赤ちゃん!」
和樹が素っ頓狂な声をあげた。


「孝ちゃん、これで元通り夫婦に戻れたんだよね?」
「ちょっと立場は変わっちゃったけどね」
和樹になった香菜と真由になっている孝之が見つめて笑い合った。
「わたし、男性としてやっていけるかなあ?」
「大丈夫!何なら主夫してくれてもいいよ。僕がちゃんと稼いでくるから」
「孝ちゃんって真由さんになって頼もしくなったみたい」
「何だよ、それ。前は頼りなかったみたいじゃないか」
「うん、少しね」
少し間が空いた。
孝之が目を閉じて唇を突き出した。
「香菜っぺ」
「もう私は香菜じゃないのよ。今の姿に合った呼び方で呼ぶようにならないとね、真由ちゃん」
「うん、和樹さん」
香菜と孝之の唇が重なり合い、そのまま二人は重なるようにベッドに倒れた。
香菜の優しい愛撫のあと、香菜のペニスが入ってきた。
香菜は孝之の反応を見ながら動きに強弱をつけて腰を動かした。
「…ぁぁ…ぃぃ…初めてなのにうまいのね?」
「真由とは女どうしのときも愛し合ったからね」
孝之は女性として香菜に突かれることに幸せを感じた。
(やっぱり香菜っぺが最高だ…)
孝之は香菜の背中に爪の痕が残るほど深くえぐった。


一方、中川の家でも同じようなことが起こっていた。
「こんな形で元の夫婦同士になるとはね…。どうする、夜の夫婦生活は?以前のようにセックスレスでいく?」
「俺の性的嗜好は分かってるんだろう?」
「ニューハーフが好きってこと?」
「それはそうなんだけど、本当は自分自身が女になりたかったんだ。でもガタイのいい自分が女になっても見られたもんじゃない。だから自分ができないことをやりとげた美人のニューハーフが好きだったんだ」
「へえ、そんなに変態だったんだ。なら今の状況はあなたの理想なの?」
「うん、そう」
「お腹に赤ちゃんがいても?」
「体育系の元男がこんな可愛い女性になれて、その上妊娠までしてるんだぜ。性転換手術で女になるのとレベルが違う。すごいことじゃないか。俺、本当に最高の気分だ」
「だったらセックスは?」
「当然したい。抱いて欲しい。でも、お腹の子供に影響があったらいけないから、あんまり激しいのはダメだぞ」
「だったらもう少し女らしくしなさいよ。そうでないと抱いてあげないわよ」
「そんなこと言ったって、いきなり無理だよ」
「だったら抱いてあげない」
「そっちがその気なら」
そう言って和樹は真由のズボンとパンツを一気に下ろした。
そして何の躊躇いもなくペニスを銜えた。
「え?どうして?…どうしてそんなことができるの?」
和樹はアイスキャンディを舐めるようにペニスを舐めながら、自ら着ている物を全て脱いだ。
真由のペニスから苦い物が出てきた。
「やめてよ、出ちゃうから」
和樹は真由のペニスの根元を人差し指と親指でキュッと締めるように握った。
「ねえ、行かせてよ」
「だったら抱いてくれる?」
「分かったわよ、抱いてあげるから早くいかせて」
「分かった、分かった」
そう言ってペニスの握りを解いた。
すると一気にペニスから白い液が飛び散った。
その大部分は和樹の顔にかかった。
「ふぇ〜、お前、溜まってたんだな」
「そんなことないわよ。昨日もちゃんとエッチしたんだから」
「今日はもう無理か?」
「そうかもね。あまり強いほうじゃないみたいだから」
「じゃあ大きくなったら抱いてくれよ、いいだろ?」
そう言って和樹は精液が出たばかりのペニスを再び銜えた。


結局、この4人はこの後入れ替わることはなかった。

入れ替わることで最高の組み合わせになった二組の夫婦。
お互いがお互いを補完する最高の関係。
今回の入れ替わりは神様からの素敵なプレゼントだったのだろう。


《完》

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